オリンピアサンワーズは元気に営業しています。



みなさん、こんにちは。

昨日は、大阪が揺れました。
朝から大阪府内の主要な鉄道は運転がストップしました。
大阪市内へ向かうすべての道路は大渋滞となりました。
大阪市に隣接する市に住む川見店主もスタッフも店にたどりつくことができず、オリンピアサンワーズは臨時休業となりました。

それでも夕方、道路の交通事情が落ち着き、渋滞が緩和されたことを確認してから、川見店主は自宅から店に車をとばしました。
店内に被害はありませんでした。
ただひとつだけ、スチール製キャビネットの引き出しが、そーっと開いていることが、地震の揺れを示していました。

日中は電話もなかなか通じませんでしたが、夜には、川見店主のもとに、地方に住むいろんな人から激励の電話が相次ぎました。

「朝から大阪のことが心配で心配で。大丈夫でしたか?」

こんな風にお電話くださったおひとりが、熊本県玉名(たまな)市在住のTさんです。
玉名市といえば、「日本マラソンの父」金栗四三さんの故郷です。
【金栗四三(1891-1983)】
日本人初のオリンピック選手。箱根駅伝の創始者。「日本マラソンの父」と称される。

ここで、金栗四三さんと、Tさんと、川見店主との話。

――その昔、Tさんのご一家は、ご近所に住む金栗さんと家族ぐるみの付き合いがあった。特に、Tさんのお父様と金栗さんは親しかった。Tさんも子供の頃から金栗さんにかわいがられていた。金栗さんから「カラダにいいから飲みなさい」と苦手なヤギの乳を飲まされたのも、今となってはいい思い出だとTさんは言う。

時は流れ2012年。
Tさんは、自宅の押し入れの中から、新聞紙にくるまれた古いシューズを見つける。それは、金栗さんから父に贈られたマラソンシューズだった。
Tさんは、その「お宝」をテレビ番組「開運!なんでも鑑定団」に出品。
そのお宝を鑑定したのが、川見店主だった――。

つまり、Tさんは、川見「鑑定士」誕生のきっかけとなった人です。

川見「鑑定士」誕生話のあれこれ↓
川見店主が緊張でカチコチのテレビデビュー
金栗四三のマラソンシューズがやってきた!

Tさんも「なんでも鑑定団」出演をきっかけに、地元の新聞で紹介されるなど、ちょっとした有名人に↓
川見店主が鑑定した「金栗四三のマラソンシューズ」と写真に収まるTさん。
(2013年1月20日付 熊本日日新聞)

来年(2019)放送予定のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」は、金栗四三さんが主人公です。
現在のTさんは、「いだてん」の放送に向けて、玉名市を全国にアピールする「いだてん大使」的な働きをされてるそうです!


2016年の春、熊本で大きな地震がありました。
その時、川見店主も熊本のことが心配で、Tさんに電話をしていました。
熊本の人たちは、震災に負けなかった。
そして、2017年の夏には、熊本からやってきた一人の女の子が、奇跡を起こしました↓


大阪は、今も余震がつづいています。
もちろん、今後も油断できません。
が、とりあえず、オリンピアサンワーズは元気に営業しています!

あ、早速、店の電話が鳴ってます。
はい、オリンピアサンワーズです!

「シューズとインソール最高でした!おかげさまで全国インターハイに進出できました!」
「大阪マラソン走ることになりました!また新しいシューズとインソールお願いします!」

受話器の向こうから、お客様の声が聞こえてきます。
今日からまた、みなさまとともに走りはじめまーす!





虹の彼方に。~15年を生きたねこの話。



川見店主のもとに花が送られてきた。
メッセージカードが添えてある。

「ご家族の皆様が一日も早く
 心癒されますように、
 チビ太ちゃんのご冥福を
 心よりお祈り申し上げます。
 ○○動物病院 スタッフ一同」


15年前、春。

家の裏から仔猫の鳴く声が聞こえていた。
川見店主が見に行くと、勝手口に、2匹の仔猫が寄り添ってうずくまっていた。
小さなキジトラ模様の仔猫と、さらに小さな黒い仔猫。
鳴いていたのは、黒い仔猫だった。
キジトラの仔猫は、鳴くことさえできないほど、弱っていた。

2匹の仔猫を、行きつけの動物病院に連れていった。
院長先生は言った。
「状況をうかがうと、捨てられたわけではなさそうですね。それと、この2匹は兄弟ではないです。おそらく、それぞれのお母さん猫は、他の猫とのえさ場争いに負けてしまったのでしょう。そして、逃げている間に、この仔猫たちは、はぐれてしまったのでしょう」

病院へ一緒に付き添ってきた次女が言った。
「飼ってあげるしか、ないよね」

困ったことになったと、川見店主は思った。


黒い仔猫は、幸いにも引き取り手が見つかった。
キジトラの仔猫は、川見店主が飼うことになった。
「チビ太」と名づけられた。
ようやく元気になった頃のチビ太。


川見店主は心配した。

「ひとつ屋根の下で、犬と猫が暮らせるのだろうか?」

当時、川見店主はすでに犬を飼っていた。
10年ほど前、近所の人に頼まれたのだ。
「ウチの犬が、仔犬を産んじゃって。一匹もらってくれない?」
断ろうと思っていた。
早速、生まれて間もない仔犬が家に連れて来られた。
川見店主はため息がでた。
可愛すぎて、気がおかしくなりそうだった。
ずるい!こんな子を見たら、断われない!
仔犬は、そのまま川見店主の家に置いていかれた。
綿みたいに真っ白で、ふわふわで、ポンポンしてるから「ポンくん」と名づけられた。
1994年春。家族の仲間入りをしたポンくん。


ポンくんは、みるみる成長した。
雑種の中型犬と育った。
川見店主は、ポンくんが大きくなったら「外」で飼うつもりだった。
でも、結局それはできなかった。
川見店主にとって、ポンくんは、大きくなっても、外で飼うには「可愛すぎた」。

こうして、川見店主の家には、犬と猫がともに暮らしはじめた。


犬は、はじめ、ネコの新参者が気に入らなかった。
犬は怒っていた。
アイツは、ボクと飼い主との時間を奪う!
アイツは、ボクのごはんを勝手に食べる!
アイツは、ボクのベッドを占領する!
犬は、ネコに、家のルールを何度も教えようとした。
しかし、ネコは、聞く耳を持たなかった。
元気になったネコは、どんどん成長し、どんどん生意気になった。
生意気ざかりのチビ太と、ポンくんの戦いがはじまった。


しばらくすると、ネコは、犬のことが好きになった。
とくに、あのふわふわの真っ白い毛をさわりたがった。
隠れ、待ち伏せをし、スキを突いて、犬にネコパンチをくらわせた。
ネコパンチの決定的瞬間を連続写真でとらえた。
(撮影・川見店主)


犬はネコに困りはじめた。
本気で怒ったら、犬の自分の方が、力が強いのはわかっていた。
ネコを傷つけることを恐れた。
だから、できるだけ、ネコの相手をしないようにした。

ネコは、ますます犬が好きになっていった。
犬につきまとっては、ちょっかいをだした。
あのモフモフの毛の中にうずもれたかった。
いつも犬のそばに居場所をつくり、そして、何食わぬ顔でくつろいだ。
チビ太はポンくんにつきまとった。ポンくんは、それを許すようになった。


9年前。
ポンくんは、川見店主の腕の中で亡くなった。
チビ太は、眠りについたポンくんのそばから、一晩中、離れなかった。
チビ太にはポンくんの死がわかっているのだと、川見店主には思えた。

その頃から。
川見店主がテーブルで食事をしていると、いつの間にかチビ太が足元にちょこりんと座るようになった。
その後ろ姿が可愛くて、思わず抱っこをすると、チビ太は手足でもがいた。
そして、腕の中から逃げた。
チビ太は、くっつくのがキライなネコだった。
ソファーがお気に入りの場所だった。
そこにひとり優雅に座って、こちらを見つめた。
抱っこされることがキライなネコだった。


チビ太は、ネコらしいネコだった。
猫じゃらしには、いつでも飛びついた。
身体能力には目を見張るものがあった。
どんなかたちにも姿を変える柔軟性。
身長の3倍もの高さを軽々と跳び越える跳躍力。
川見店主は、その動きの中に、スポーツ選手を観察する時のヒントをたくさん得た。

チビ太は、いたずら好きなネコだった。
よく、とんでもないことをやらかした。
川見店主が帰宅すると、時に、ある物は散乱し、ある物はどこかに隠されていた。
「チビ太くん、今度は何をしたの!」
何を聞いても、彼はこたえなかった。
表情さえ変えなかった。
やはり、何食わぬ顔をして、こちらを見つめるだけだった。

チビ太は、人になつかないネコだった。
川見店主以外には、決して誰にも近づこうとしなかった。
触れようとする者には、唸(うな)り、威嚇し、ネコパンチを繰り出した。
ある時、病院へ連れて行くと、鳴き、叫び、暴れ、死に物狂いで抵抗した。
病院のスタッフたちは、彼を取り押さえるのに苦労した。
治療が終わって家に帰ると、チビ太は、どこかに姿を消してしまった。
川見店主がやっと見つけたのは、普段は滅多に入ってくることのない寝室のベッドの上だった。
ふかふかの布団にうずもれて丸くなり、スースーと寝息をたてて、眠っていた。
川見店主は、チビ太がこの家に安心しているのだと思った。

チビ太は、いつも、ただただ彼らしく生きていた。
それだけで、ポンくんがいなくなった悲しさや寂しさを癒しつづけた。
ベッドの上で見つかったチビ太。



「もう、あぶないかもしれません」

2018年4月7日、朝。
動物病院から電話があった。
川見店主は急いで病院へ車を走らせた。

チビ太は、その1週間前から入院していた。
川見店主は、彼のことが心配で、毎日病院へ連絡を入れていた。
経過は良好だと聞いていた。
川見店主が病室へ行くと、チビ太はケージの中でグッタリと横たわっていた。
彼の丸い顔を両手で包みこんだ。
反応は薄かった。
病院のスタッフが触れても、チビ太は、なされるがままだった。

「今夜、この病院は無人になります。どうされますか?」

川見店主は、チビ太を我が家に連れて帰ろうと思った。


夜。
店の営業が終わってから、川見店主はふたたび病院へ走った。
到着した時、チビ太はすでに、彼のキャリーバッグに移されていた。
川見店主は、バッグのふたを開けた。
あっと叫びそうになった。
体を起こし、背中をピンと伸ばして、しっかりとこちらを見つめる彼の視線に出会った。

「先生、チビ太が元気になってます!」
「あ、起き上がりましたね!すごいな!」
「何か治療をしていただいたんですか!?」
「いいえ、彼の生命力ですよ。今夜を乗り越えたら、また点滴しましょう」


車中の彼は、目を閉じて動かなかった。
家に到着した。
彼を抱きかかえた。
いつも彼がくつろいでいた居間に入った。
すると、彼は、眼を開いた。
頭をもたげて、ぐるっと周囲を見渡した。
ここがどこなのかを確認しているようだった。
しっぽをばたつかせて、降ろしてくれと訴えた。
川見店主は、彼の体を、そっと彼の小さな丸いベッドに横たえた。
しかし、彼は、ベッドから這(は)い出した。
立ちあがり、ふらふらと歩きはじめた。
食事をするいつもの場所へ。
トイレのある場所へ。
次第に、4本の脚は力を失っていった。
もう立っていることが、できなくなった。
それでも、床に這いつくばったまま懸命に動いた。
大好きな爪とぎの前で体が止まった。
彼は、その手を伸ばし、かすかに爪を立てた。

川見店主は、ふたたび彼を抱きかかえ、ベッドに戻した。
顔を拭き、体温を測り、呼吸を数えた。
からだをそっと撫でつづけた。
「チビ太くん、このまま眠るかな」
そう思ったとき、スーッと彼の気配が消えた。

4月8日、午前1時54分。
彼は、もう、腕の中から逃げなかった。


彼がいなくなってから。
川見店主は、虹の彼方に問いつづけていた。
キミは、我が家に来て幸せだったのかな?
ネコは、こたえない。
いつもの、何食わぬ顔で、こちらを見つめている。

ネコは、わがままで、自由だ。
ネコは、人間の喜びにも悲しみにも、無頓着だ。
しかし、だからこそ、ネコの前で、人は赦(ゆる)される。
誰もが無条件に、あるがままに生きていいことを、彼らは教えてくれる。

あれから3週間が経った。
ようやく、川見店主には思えてきたらしい。
きっとチビ太も幸せだったんだよねと。

「だって、チビ太といた私が、そうであったのだから。」



(さよなら、またね)


ポンくんとチビ太の思い出はこちらにも
PONKUNLIFE
旧ブログ「今週のネコ」全187話

【ハリマヤ】京都新聞に川見店主が載ったことと、「走れ25万キロ~金栗四三伝」の話を書いておく。



みなさん、こんにちは。

昨秋にヒットしたテレビドラマ「陸王」。
来年(2019)に放送予定のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」。

この2つのドラマの話題性から、マラソン足袋や、日本人初のオリンピック選手・金栗四三さんと、金栗さんのマラソン足袋を作りつづけた「播磨屋(はりまや)足袋店」創業者・黒坂辛作さんの歴史が、今、ふたたび脚光を浴びています。


川見店主の話、いろんな新聞に載る。

昨年(2017)末、川見店主は共同通信社から取材を受けました。
その時の記事が、今年の1月頃から、いろんな新聞に掲載されてるみたいです。

これは京都新聞に掲載された記事。京都に住む川見店主の知人から「あんた、今日の新聞に載ってるよ!!」と電話がかかってきた↓
4月12日付、京都新聞の夕刊。

写真嫌いの川見店主ですが、顔が出ちゃってます
「日本マラソンの父」金栗四三さんの写真と、ほぼ同じくらいの大きさで載っかる川見店主の堂々っぷりです。

川見店主の話はこんな感じで紹介されてます↓
ハリマヤはしかし91年ごろ、バブル期の多角化経営が災いして廃業に追い込まれた。大阪市内でランニングシューズの専門店を営む川見充子も学生時代に愛用した一人。ハリマヤ製品を10足以上、大切に保管している。
「モノも情報も乏しかった時代に、金栗さんと黒坂さんが心を一つにして金栗足袋を作られた。その伝統を受け継ぎ、足袋屋から始まったからこそできた、日本人の足形に合うシューズだった」
この記事は、京都新聞の他にも、
・北国新聞(石川)
・佐賀新聞、
・信濃毎日新聞(長野)
・愛媛新聞
・熊本日日新聞
・山陽新聞(岡山)
・西日本新聞(福岡)
の計8紙に掲載されたそうです。
これからも、掲載される新聞はもう少し増えるらしいです。

ちなみに、川見店主の「顔出し写真」が紹介されたのは、今のところ、この京都新聞だけだそう。
これから記事を掲載する新聞社のみなさま、せっかくなんで、川見店主の顔も出してあげてね!

記事を大きくしてみたよ↓
ハリマヤシューズを手に京都新聞に載る川見店主。


なぜ「NIPPON」なのか?

さて。

上の新聞記事に、1912年ストックホルム五輪の開会式で、プラカードを手に行進している金栗さんの写真があります。

このプラカード、よく見てほしいんです。
なんか、おかしくないですか?

NIPPON」って書かれてますよね?
「ニッポン」って、日本語じゃないですか。
世界大会なんですから、ほんとは英語表記の「JAPAN」のはずですよね?

事実、オリンピックで「NIPPON」のプラカードを掲げたのは、この大会だけだそうです。

では、なぜ、この大会では「NIPPON」になったのか?
その謎解きは、この本に書いてある↓
「走れ25万キロ~マラソンの父・金栗四三伝」
(長谷川孝道著、発行熊本日日新聞)

この本、幻の名著だったんですよ。

2012年の年末に川見店主が「開運!なんでも鑑定団」に出演して、金栗四三さんのハリマヤシューズを鑑定しました。
その時、当店のホームページに「ハリマヤ」の特集サイトを作りました。

嗚呼、ハリマヤのシューズ。
 嗚呼、ハリマヤのシューズ。


このサイトを作るのは、なかなか大変でした。
というのも、作成当時、ハリマヤに関する資料は、手元にあるもの以外には何もなかったのです。ハリマヤ創業者の「黒坂辛作」さんの名前をネットで検索しても、たどりつくのは当店のブログだけという(笑)状況でした。

それでも色々調べるうちに、1961年に出版されていたこの本「走れ25万キロ」の存在を知りました。
目次を見ると、黒坂さんとマラソン足袋に関する章も割いてあるようでした。
サイト作りに役立つ資料が、たくさん載っているにちがいない!
すっげー読みたい!

しっかーーーし!

この本はすでに絶版になっていて、どっかの図書館とかでしか閲覧できなかったんです。
涙をのんであきらめて、手元にある資料だけでハリマヤのサイトを完成させました。

しっかーーーーし!

昨年末に、今回の記事となった共同通信社さんの取材があった時、見たんですよ。
記者さんが、この本を手にもってるのを!
うわぁ、復刻版が出てるんじゃん!
さっそく買いました。
本の奥付を見ると、2013年、つまり、ハリマヤの特集サイトを作った直後に出版されてました。

一気に読みました。
めちゃめちゃおもしろい!
おもしろすぎて、繰り返して2回読みました。
金栗さんの波乱万丈の生涯に泣きました。
豪快で痛快なエピソードの数々に笑いました。
金栗さんの、日本のマラソンや体育振興に懸けた情熱と、成し遂げられた圧倒的な偉業の数々に胸打たれ、感動しました。
で、この中に「NIPPON」の謎も紹介されてます。
(この話も、笑ってしまいます)

読み終わって思ったのは、ハリマヤのサイト作りの時に、この本を読んでなくてよかったってことです。そのおかげで、川見店主は、想像力の翼を自由に羽ばたかせて「ハリマヤ」を語ることができたからです。

川見店主、ハリマヤを語る」↓


しかも、このサイトで川見店主が語っていることは、この本に書いある黒坂辛作さんの話と、おおむね一致していました。

来年(2019)のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」にも、黒坂さんと金栗さんとの、マラソン足袋開発の苦労が紹介されるはずです。
本当に楽しみです。




【ハリマヤ】金栗四三とハリマヤと東京都文京区の「縁(えにし)」。



みなさん、こんにちは。

昨秋にヒットしたテレビドラマ「陸王」。
来年(2019)に放送予定のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」。

この2つのドラマの話題性から、マラソン足袋や、日本人初のオリンピック選手・金栗四三さんと、金栗さんのマラソン足袋を作りつづけた「播磨屋(はりまや)足袋店」創業者・黒坂辛作さんの歴史が、今、ふたたび脚光を浴びています。

オリンピアサンワーズも、その影響を少なからず受けております。
ここ数年、伝説のランニングシューズメーカー「ハリマヤ」をめぐって、川見店主が取材を受けていろんなメディアに登場したり、思わぬ出来事に遭遇したりしてます。


・「いだてん」の制作に協力した↓ 


・集英社のWebスポルティーバに登場↓


・「陸王」の影響をモロに受ける↓


・西日本新聞に載る↓


・川見店主、歴史の証言者に出会う↓


ほんで、今回。

東京文京区に本社のあるクリーニング業界専門の新聞出版社「ゼンドラ株式会社」さんから、「100万人の女性のための生活情報誌・WOMAN’S GATE(ウーマンズ・ゲート)2018年春号」を送っていただきました。
これ↓
100万人の女性のための生活情報誌「ウーマンズ・ゲート」2018年春号

この新聞、クリーニング屋さんに置いてあるフリーペーパーだそうです。
女性を対象にした新聞だけに、紙面はカラフルな色使いで、キレイな女性たちの写真や、かわいいイラストがたくさん載ってます。

で、8ページある紙面の中で、どどーんと1ページを割いて、あきらかに異色なこんな記事が載ってるんです↓

題して「実際にあった!金栗四三を支え作られたマラソン用『金栗足袋』と、東京文京区の縁(えにし)
紙面1ページを割いてどーんと紹介。レイアウトかっこいい。

記事の前半は、金栗四三さんと黒坂辛作さんの歴史が紹介されてます。

記事の後半には、文京区の区長さんが登場し、インタビューにこたえてます。
なんで区長さんの話が、っていうと、「播磨屋足袋店」が創業された「大塚仲町」も、後のマラソンシューズメーカー「ハリマヤ」も、文京区にあったからです。

で、ここに載ってるハリマヤシューズの画像は、オリンピアサンワーズが提供しました。
これだよ!↓
提供した画像は、ハリマヤシューズ「カナグリ・ベガ」。

2020年の東京オリンピックに向けて、金栗四三さんが日本のマラソン界に残した数々の偉業と、黒坂辛作さんが創業した「ハリマヤ」の歴史は、もっともっと注目されることになるでしょう。

写真嫌いの川見店主も、ハリマヤに関する取材のためなら「顔出しも辞さない覚悟」でいるみたいです。

で、次回のブログは、川見店主の「顔がでちゃった」最近の新聞記事をご紹介する予定です。

お楽しみにねっ!




【関連記事】



【関連サイト】
当店のハリマヤ特設サイト↓



川見店主が「なんでも鑑定団」に出演した時の話↓



「足を強く、脚を美しく」する履き物、できました。



みなさん、こんにちは!

できました、できました!

新しい履き物のサイトができました!

「足を強く、美しく」する履き物、誕生しました!

この履き物が実現するまでのいきさつは、またブログでくわしく書きますけども、とにかく、今日は、このサイトを見ていただきとうございます。

リンクはこちら↓

ちなみに、この履き物を履くときの合言葉は、

「みんなでぐいぐいっ!」

です!

よろしくおねがいしまーす!

(端末のブラウザによっては、ちゃんと表示されない場合があるかもです。細かい動作確認はこれからですが、まぁ、見てやってくださいませ)

もうすぐ「新しい履き物」が生まれるのだ。


新しい「履き物」生まれます。

みなさん、こんにちは。

ブログの更新はずいぶんと久しぶりになりました。
えーっと、前回の更新は……うわっ、2か月も前ではないか!
つーわけで、みなさまお元気にされてますでしょうか?

さて、この2か月間、オリンピアサンワーズでは何をやってたんだって話ですが、川見店主が新しい「履き物」を生みだしたんですよ。
それをもうすぐ販売いたします。
で、その「新しい履き物」のサイトを、えっちらおっちら作成しておりました。

そして、もうすぐ、いよいよ、「新しい履き物」のサイトが完成いたします!
近日中に公開予定!

もうね、「新しい履き物」すごいですから。
うわ、こんなのやっちゃうんだ!って思いますから。
キーワードは

「リセット」

お楽しみにーーっつ!