虹の彼方に。~15年を生きたねこの話。



川見店主のもとに花が送られてきた。
メッセージカードが添えてある。

「ご家族の皆様が一日も早く
 心癒されますように、
 チビ太ちゃんのご冥福を
 心よりお祈り申し上げます。
 ○○動物病院 スタッフ一同」


15年前、春。

家の裏から仔猫の鳴く声が聞こえていた。
川見店主が見に行くと、勝手口に、2匹の仔猫が寄り添ってうずくまっていた。
小さなキジトラ模様の仔猫と、さらに小さな黒い仔猫。
鳴いていたのは、黒い仔猫だった。
キジトラの仔猫は、鳴くことさえできないほど、弱っていた。

2匹の仔猫を、行きつけの動物病院に連れていった。
院長先生は言った。
「状況をうかがうと、捨てられたわけではなさそうですね。それと、この2匹は兄弟ではないです。おそらく、それぞれのお母さん猫は、他の猫とのえさ場争いに負けてしまったのでしょう。そして、逃げている間に、この仔猫たちは、はぐれてしまったのでしょう」

病院へ一緒に付き添ってきた次女が言った。
「飼ってあげるしか、ないよね」

困ったことになったと、川見店主は思った。


黒い仔猫は、幸いにも引き取り手が見つかった。
キジトラの仔猫は、川見店主が飼うことになった。
「チビ太」と名づけられた。
ようやく元気になった頃のチビ太。


川見店主は心配した。

「ひとつ屋根の下で、犬と猫が暮らせるのだろうか?」

当時、川見店主はすでに犬を飼っていた。
10年ほど前、近所の人に頼まれたのだ。
「ウチの犬が、仔犬を産んじゃって。一匹もらってくれない?」
断ろうと思っていた。
早速、生まれて間もない仔犬が家に連れて来られた。
川見店主はため息がでた。
可愛すぎて、気がおかしくなりそうだった。
ずるい!こんな子を見たら、断われない!
仔犬は、そのまま川見店主の家に置いていかれた。
綿みたいに真っ白で、ふわふわで、ポンポンしてるから「ポンくん」と名づけられた。
1994年春。家族の仲間入りをしたポンくん。


ポンくんは、みるみる成長した。
雑種の中型犬と育った。
川見店主は、ポンくんが大きくなったら「外」で飼うつもりだった。
でも、結局それはできなかった。
川見店主にとって、ポンくんは、大きくなっても、外で飼うには「可愛すぎた」。

こうして、川見店主の家には、犬と猫がともに暮らしはじめた。


犬は、はじめ、ネコの新参者が気に入らなかった。
犬は怒っていた。
アイツは、ボクと飼い主との時間を奪う!
アイツは、ボクのごはんを勝手に食べる!
アイツは、ボクのベッドを占領する!
犬は、ネコに、家のルールを何度も教えようとした。
しかし、ネコは、聞く耳を持たなかった。
元気になったネコは、どんどん成長し、どんどん生意気になった。
生意気ざかりのチビ太と、ポンくんの戦いがはじまった。


しばらくすると、ネコは、犬のことが好きになった。
とくに、あのふわふわの真っ白い毛をさわりたがった。
隠れ、待ち伏せをし、スキを突いて、犬にネコパンチをくらわせた。
ネコパンチの決定的瞬間を連続写真でとらえた。
(撮影・川見店主)


犬はネコに困りはじめた。
本気で怒ったら、犬の自分の方が、力が強いのはわかっていた。
ネコを傷つけることを恐れた。
だから、できるだけ、ネコの相手をしないようにした。

ネコは、ますます犬が好きになっていった。
犬につきまとっては、ちょっかいをだした。
あのモフモフの毛の中にうずもれたかった。
いつも犬のそばに居場所をつくり、そして、何食わぬ顔でくつろいだ。
チビ太はポンくんにつきまとった。ポンくんは、それを許すようになった。


9年前。
ポンくんは、川見店主の腕の中で亡くなった。
チビ太は、眠りについたポンくんのそばから、一晩中、離れなかった。
チビ太にはポンくんの死がわかっているのだと、川見店主には思えた。

その頃から。
川見店主がテーブルで食事をしていると、いつの間にかチビ太が足元にちょこりんと座るようになった。
その後ろ姿が可愛くて、思わず抱っこをすると、チビ太は手足でもがいた。
そして、腕の中から逃げた。
チビ太は、くっつくのがキライなネコだった。
ソファーがお気に入りの場所だった。
そこにひとり優雅に座って、こちらを見つめた。
抱っこされることがキライなネコだった。


チビ太は、ネコらしいネコだった。
猫じゃらしには、いつでも飛びついた。
身体能力には目を見張るものがあった。
どんなかたちにも姿を変える柔軟性。
身長の3倍もの高さを軽々と跳び越える跳躍力。
川見店主は、その動きの中に、スポーツ選手を観察する時のヒントをたくさん得た。

チビ太は、いたずら好きなネコだった。
よく、とんでもないことをやらかした。
川見店主が帰宅すると、時に、ある物は散乱し、ある物はどこかに隠されていた。
「チビ太くん、今度は何をしたの!」
何を聞いても、彼はこたえなかった。
表情さえ変えなかった。
やはり、何食わぬ顔をして、こちらを見つめるだけだった。

チビ太は、人になつかないネコだった。
川見店主以外には、決して誰にも近づこうとしなかった。
触れようとする者には、唸(うな)り、威嚇し、ネコパンチを繰り出した。
ある時、病院へ連れて行くと、鳴き、叫び、暴れ、死に物狂いで抵抗した。
病院のスタッフたちは、彼を取り押さえるのに苦労した。
治療が終わって家に帰ると、チビ太は、どこかに姿を消してしまった。
川見店主がやっと見つけたのは、普段は滅多に入ってくることのない寝室のベッドの上だった。
ふかふかの布団にうずもれて丸くなり、スースーと寝息をたてて、眠っていた。
川見店主は、チビ太がこの家に安心しているのだと思った。

チビ太は、いつも、ただただ彼らしく生きていた。
それだけで、ポンくんがいなくなった悲しさや寂しさを癒しつづけた。
ベッドの上で見つかったチビ太。



「もう、あぶないかもしれません」

2018年4月7日、朝。
動物病院から電話があった。
川見店主は急いで病院へ車を走らせた。

チビ太は、その1週間前から入院していた。
川見店主は、彼のことが心配で、毎日病院へ連絡を入れていた。
経過は良好だと聞いていた。
川見店主が病室へ行くと、チビ太はケージの中でグッタリと横たわっていた。
彼の丸い顔を両手で包みこんだ。
反応は薄かった。
病院のスタッフが触れても、チビ太は、なされるがままだった。

「今夜、この病院は無人になります。どうされますか?」

川見店主は、チビ太を我が家に連れて帰ろうと思った。


夜。
店の営業が終わってから、川見店主はふたたび病院へ走った。
到着した時、チビ太はすでに、彼のキャリーバッグに移されていた。
川見店主は、バッグのふたを開けた。
あっと叫びそうになった。
体を起こし、背中をピンと伸ばして、しっかりとこちらを見つめる彼の視線に出会った。

「先生、チビ太が元気になってます!」
「あ、起き上がりましたね!すごいな!」
「何か治療をしていただいたんですか!?」
「いいえ、彼の生命力ですよ。今夜を乗り越えたら、また点滴しましょう」


車中の彼は、目を閉じて動かなかった。
家に到着した。
彼を抱きかかえた。
いつも彼がくつろいでいた居間に入った。
すると、彼は、眼を開いた。
頭をもたげて、ぐるっと周囲を見渡した。
ここがどこなのかを確認しているようだった。
しっぽをばたつかせて、降ろしてくれと訴えた。
川見店主は、彼の体を、そっと彼の小さな丸いベッドに横たえた。
しかし、彼は、ベッドから這(は)い出した。
立ちあがり、ふらふらと歩きはじめた。
食事をするいつもの場所へ。
トイレのある場所へ。
次第に、4本の脚は力を失っていった。
もう立っていることが、できなくなった。
それでも、床に這いつくばったまま懸命に動いた。
大好きな爪とぎの前で体が止まった。
彼は、その手を伸ばし、かすかに爪を立てた。

川見店主は、ふたたび彼を抱きかかえ、ベッドに戻した。
顔を拭き、体温を測り、呼吸を数えた。
からだをそっと撫でつづけた。
「チビ太くん、このまま眠るかな」
そう思ったとき、スーッと彼の気配が消えた。

4月8日、午前1時54分。
彼は、もう、腕の中から逃げなかった。


彼がいなくなってから。
川見店主は、虹の彼方に問いつづけていた。
キミは、我が家に来て幸せだったのかな?
ネコは、こたえない。
いつもの、何食わぬ顔で、こちらを見つめている。

ネコは、わがままで、自由だ。
ネコは、人間の喜びにも悲しみにも、無頓着だ。
しかし、だからこそ、ネコの前で、人は赦(ゆる)される。
誰もが無条件に、あるがままに生きていいことを、彼らは教えてくれる。

あれから3週間が経った。
ようやく、川見店主には思えてきたらしい。
きっとチビ太も幸せだったんだよねと。

「だって、チビ太といた私が、そうであったのだから。」



(さよなら、またね)


ポンくんとチビ太の思い出はこちらにも
PONKUNLIFE
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