アスリートたちが訴えてくるもの~2021年の日本陸上競技選手権大会(第105回)を観戦して。
今、アスリートたちを取り巻く環境は複雑です。
これまでなら両手(もろて)を挙げて賞賛されてきた彼らの努力や活躍が、時に非難の対象にされるような、ねじれた時代の中に彼らは置かれています。
有観客か、無観客か。
有観客か、無観客か。
今大会がどように開催されるのかは直前まで発表されませんでした。
結局、各日の観客を上限5000人としてチケット販売がはじまったのは、開催のわずか一週間前でした。
「5万人」収容のスタジアムに「5千人」。
「5万人」収容のスタジアムに「5千人」。
つまり9割の客席が空くということ。
観戦に使用されたのは会場のメインスタンドのみ。
販売されたチケットはすべて指定席制で、感染予防のために席を1つ飛ばしで座りました。
もちろん会場は「ガラガラ」に。
もちろん会場は「ガラガラ」に。
しかし、それで雰囲気がさびしかったり、盛り上がりに欠けたかというと、まったくそんな感じはありませんでした。
なぜなら、その場にいる誰もが、選手一人ひとりの姿に感じたからです。
なぜなら、その場にいる誰もが、選手一人ひとりの姿に感じたからです。
己の限界に挑戦し、さらに可能性を開こうとする人間の「強さ」と「美しさ」を。
この4日間、スタジアムの観客席に向かう通路を通る時、私たちの胸は期待に満ちていました。
そして、試合が終わり会場を背にまたこの通路を通る時、私たちの胸は人間への畏敬の念に満ちていました。
アスリートたちが私たちに訴えてくるもの。その価値は、どんな時代であれ一切損なわれることはないのだと、強く思いました。
この4日間、スタジアムの観客席に向かう通路を通る時、私たちの胸は期待に満ちていました。
そして、試合が終わり会場を背にまたこの通路を通る時、私たちの胸は人間への畏敬の念に満ちていました。
アスリートたちが私たちに訴えてくるもの。その価値は、どんな時代であれ一切損なわれることはないのだと、強く思いました。
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