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【ハリマヤ】あの日の少年は今も走りつづけている。~A先生のハリマヤのカタログの話。

1970年代のハリマヤのカタログ 「あの日が、僕のランナーとしてのはじまりです」 そう言って、A先生は、古びた二つ折りの紙をカバンから取り出した。 見開きB4サイズのカタログ。 表紙には「 ハリマヤのカナグリマラソンシューズ 」の文字。 中を開くと、見たこともないシューズの写真が並んでいる。 印刷はところどころが剥げている。 端々はちぎれて破損している。 継ぎはぎをしたセロテープも劣化して変色し、このカタログが越してきた年月を物語っていた。 ◆ 少年は日が暮れるまで走りつづけた。 少年は、走ることが好きだった。 体は大きくはなかったが、足には自信があった。 中学生になると陸上部に入部した。 毎日、日が暮れるまで走りつづけた。 ある日、少年の姿を見ていた先輩が、こんなことを教えてくれた。 「それだけがんばってるんだから、そろそろ本格的なランニングシューズで走った方がいい。大阪の天王寺区に陸上競技の専門店がある。その店に行けば、キミに合ったランニングシューズを選んでくれるよ」 ただし、とその先輩は付け加えた。 「その店のおばちゃんはめちゃめちゃコワいぞ。店に入るときに挨拶をしないと中に入れてくれないぞ。挨拶するのを忘れて、玄関で帰らされたヤツもいるんだ。礼儀正しく、失礼のないようにするんだぞ」 先輩は、その店までの地図と紹介状を書いてくれた。 ◆ 「アンタにはそのクツやな」 少年は、電車を乗り継いで店に向かった。 国鉄大阪環状線の桃谷駅で下車した。 先輩からもらった地図と紹介状を握りしめていた。 見慣れぬ町を、緊張しながら歩いた。 しばらくすると、地図に書いてあるとおりの場所にたどりついた。 建物の1階にあるその店には、看板がなかった。 どこから入っていいのかもわからなかった。 およそ、スポーツ店には見えなかった。 とにかく、目の前の引き戸を思い切って開けてみた。 1960年頃から1991年まで営業した桃谷駅近くの店舗 「こんにちは!失礼します!」 大きな声で挨拶をした。 店にたどり着くまでの道中で、頭の中で何回も練習したとおり、深々とお辞儀をするのも忘れなかった。 狭い店の真ん中には古い木の机が置いてあり、その向こうに、メガネをかけたおばちゃんがひと

【ハリマヤ】いだてん金栗四三と播磨屋黒坂辛作が生み出した金栗足袋。発祥の地の石碑は何を物語っているのか?

石碑「金栗足袋発祥之地 黒坂辛作」 「金栗足袋発祥の地」その石碑はどこに? 2019年NHK大河ドラマ「 いだてん~東京オリムピック噺 」。  主人公は「日本マラソンの父」 金栗四三 さんです。 「日本マラソンの父」金栗四三 金栗さんは、日本人初のオリンピック選手として、1912年ストックホルム五輪のマラソンに出場、足袋を履いて走りました。 その足袋を作ったのが、「 播磨屋足袋店 」の店主・ 黒坂辛作 さんでした。 ハリマヤ創業者・黒坂辛作 その後、黒坂さんと金栗さんはマラソンを走る足袋を共同開発、1919年頃には進化したマラソン足袋「 金栗足袋 」が誕生しました。 以来、1950年頃までは、日本の歴代ランナーたちが「金栗足袋」を履いて五輪や世界大会のマラソンを走り活躍する時代がつづきました。 (左上)1936年ベルリン五輪マラソン優勝の孫選手が履いた金栗足袋。(右下)1951年ボストンマラソン優勝の田中選手が履いた金栗足袋。写真は1989年度版ハリマヤカタログから。 播磨屋足袋店は、戦後にはシューズメーカー「 ハリマヤ 」に発展。 足袋を原点に持つハリマヤのシューズは日本人の足によく合いました。 また靴職人たちの高度な技術は他メーカーの追随を許さず、国産にこだわるハリマヤの良質なシューズは、長年にわたり陸上競技選手やランナーたちを魅了しつづけました。 ハリマヤをより詳しく↓ しかし、1990年頃にハリマヤは倒産、忽然(こつぜん)と姿を消しました。 伝説となった「ハリマヤ」。 今も、 東京の「 ある場所」 に、「金栗足袋」を生みだした黒坂さんの偉業をこの世にとどめる記念の 石碑 が残っていると聞きます。 そのメールの送り主は? 2018年1月某日。 川見店主に一通のメールが届きました。 川見さん、はじめまして。 私は文京区大塚に住む黒坂辛作の曾孫にあたる者です。 曾お祖父さんの事を新聞でお話してくださり、とても感謝しています。 文京区役所で金栗四三さんや播磨屋足袋店の事をもっと広めていこうと言うことで、家から写真と四三さんの書いた色紙などを展示資料としてお貸ししました。 関西にも行くことがあるので、その時は是非オリンピアサンワーズに寄らせていただきたい

【ハリマヤ】無名の母たちがつくったハリマヤのシューズ~新潟県十日町市からのおたより

彼女たちこそが 一枚の古い写真。 木造の建物を背景に、きちんと整列した人たちが写る。 そのほとんどが、質素な作業服を身にまとった女性たちだ。 彼女たちは、きっと、市井に生きる無名の庶民の一人ひとりであったにちがいない。 しかし、ある時代において、多くの陸上競技選手やランナーたちを支えていたのは、まさしく彼女たちだったのだ。 ◆ 「いだてん」の足を支えた「ハリマヤ」 今年(2019)1月から毎週日曜日に放送されている NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」 。主人公は、日本のマラソンを創った 金栗四三 さんです。 金栗四三 (1891-1983) 金栗さんは、 1912年 の ストックホルム五輪 に、日本人初のオリンピック選手としてマラソンに出場、「 播磨屋(ハリマヤ) 」という足袋屋の足袋を履いて走りました。 しかし、北欧の堅い石畳のコースに足袋は弱く、金栗さんは膝を痛め、また日射病に倒れてレースを途中棄権するという悔しい結果に終わりました。 この失敗を糧に、金栗さんは、播磨屋の店主・ 黒坂辛作 さんと、マラソンを走る足袋を共同開発し、遂には、改良に改良を重ねて進化したマラソン足袋、いわゆる「 金栗足袋 」が誕生しました。そして、「金栗足袋」を履いた日本の歴代ランナーたちが、五輪や世界大会のマラソンで優勝する時代が1950年頃までつづきました。 ハリマヤ創業者・黒坂辛作 (1880-?) 播磨屋は戦後にはシューズメーカー「 ハリマヤ 」へと発展。 足袋を原点に持つハリマヤのシューズは日本人の足によく合いました。 また靴職人たちの高度な技術は他メーカーの追随を許さず、国産にこだわるハリマヤの良質なシューズは、長年にわたり陸上競技選手やランナーたちを魅了しつづけました。 残念ながら、ハリマヤは 1990年頃 に倒産しました。 しかし、私たちはハリマヤを忘れてはいません。 オリンピアサンワーズには、今なおハリマヤを愛する人たちから、たくさんの「声」が届きます。そして、みなさんの記憶から、ハリマヤの歴史が掘り起こされています。 みなさんの声↓ ハリマヤ第二の故郷 新潟県十日町市から さて。 先日も、当店のFB(Facebook)に1枚の画像とともにこんなメッセー

【ハリマヤ】特設サイトに「世界を制したカナグリシューズの秘密~オリンピアサンワーズ川見店主に聞く」を掲載しました。

ハリマヤのマラソンシューズ「カナグリ・ベガⅠ」 大河ドラマ「いだてん」を2回見る みなさん、こんにちは。 先週の日曜日、ご覧になりました? 何がって、 NHK大河ドラマ「 いだてん~東京オリムピック噺 」 ですよ! オリンピアサンワーズはドラマ制作に協力してます↓ 私は、オンタイムで1回、録画したのを1回と、 計2回見ました 。 2回目に見てて思ったんですけど、さすがNHKさんですね。 セットの作りがすごい ですよ、細かいですよ。たった1回見ただけでは、色んなもの見落としてますよ。もったいないですよ。見れば見るほど驚きと発見のある映像になってますよ、すごいなNHKは! ウルトラマンの生まれ故郷< M78星雲ひかりの国 >と姉妹都市である 福島県須賀川市 で特撮されたっていう、昭和の東京・日本橋の映像もすごいじゃないですか! これだ! #いだてん スペシャルムービー公開🎬 日本が初めてオリンピックに参加した1912ストックホルムから1964東京まで、知られざる日本人の“泣き笑い”の物語。 2019年1月6日(日)夜8時(NHK総合)いよいよ開幕🏅 あなたを少し無謀にさせるかもしれない #役所広司 ▼番組HP https://t.co/QAZ3MuGC5a pic.twitter.com/2eWIsc5IEm — 大河ドラマ「いだてん」 (@nhk_td_idaten) 2018年12月18日 ま、ドラマ制作に協力したのに、オープニング映像でオリンピアサンワーズの名前を出してもらえなかったことには、 オラオラオラ、NHKさんよー! っと、いつまでも文句を言わせてもらいますけどね! それは、奇跡の1枚なのか!? さて、昨年11月にオリンピアサンワーズ川見店主が、伝説のシューズメーカー「ハリマヤ」に関する取材を受けた、某政党女性局広報誌「りぶる」。 その模様は、2019年新春号にめでたく掲載されました。 どどーん!と 6ページ にわたる「 川見店主特集 」に(笑)! 6ページにわたる大特集! 取材の時の話↓ 写真はすべて、専属カメラマンのT氏によって撮影されたもの。 しかも、画像はすべてご厚意でちょうだいすることができました。 ありがとーございまーす!

【ハリマヤ】円谷幸吉、ウルトラマン、ドラマ「いだてん」、福島県須賀川市から憧れのハリマヤシューズを。

大河ドラマ「いだてん」放送記念ハリマヤサイト あこがれのハリマヤ 朝、開店前のオリンピアサンワーズ。 電話が鳴る。 受話器を取ると、男性の声。 その、どこかなつかしいような話し言葉のイントネーションは、北の方を思わせた。 実は……と男性が話しはじめる。 「高校生の時に購入したハリマヤのシューズがあるのです。いつの時代のものか知りたいと思いまして」 その男性、Wさんの話はこうだ。 1994年頃。 高校生で陸上競技をしていた。 ランニングシューズに興味があり、かつて「ハリマヤ」というシューズメーカーがあったことを知った。 そのシューズを履きたいと思った。 でも「ハリマヤ」はもうこの世に存在していなかった。 あこがれの気持ちだけを募らせた。 ある日、町のスポーツ店で、在庫一掃のセールが行われていた。 店先のワゴンの中には、やや古めかしいスポーツシューズやウェアが無雑作に並べられていた。 その中に、1足のシューズを見つけた。 赤い3本線のライン、赤のアウトソール。 あ、ハリマヤだ! 店の店員に聞いた。 これ、ハリマヤのシューズですよね?なんていう名前なんですか?いつの時代の商品なんですか? 店員は首をかしげるばかりだった。 うれしくて購入した。 足を入れて少しだけ走ってみた。 その後は、もったいなくて履けなかった。 ◆ 円谷幸吉とウルトラマンと「いだてん」 Wさん: 「……というわけです」 あのー、そのシューズをご購入になられた時の、箱とか袋とか残ってませんでしょうか? Wさん: 「ないですね。買った時も、 ただのビニール袋 に入ってたのです(笑)」 ちなみに、Wさんのお住まいはどちらですか? Wさん: 「 福島県 須賀川市 (すかがわし)です。あの悲劇のマラソンランナー 円谷幸吉 さん生まれ故郷です」 あ!そうなんですか! そういえば、今日 1/9 は、円谷さんの 命日 です。 川見店主は、円谷幸吉のサインを前に、胸をふるわせた↓ Wさん: 「須賀川市は、 二人の円谷さん が有名です。ひとりは幸吉さん。もうひとりは、 ウルトラマン の 生みの親 である 円谷英二 さんです」 へー!はじめて知りました! Wさん: 「須賀川市は、ウルト

【ハリマヤ】NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」第1話『夜明け前』は本日20時放送です!

いよいよ本日「いだてん」開幕! 近年、これほどの高揚感をもって迎えた日があっただろうか? 私たちは待っていた。 彼のようなヒーローの登場を。 耳を澄ませば聞こえてくる。 スースー・ハーハーという呼吸法が。 ヒタヒタと走る足音が。 いだてん、金栗四三がやってくるぞーーーっ! NHK番組公式サイトより つーわけで、本日夜8時! いよいよ NHK大河ドラマ「 いだてん~東京オリムピック噺 」 が開幕します! そして、オリンピアサンワーズはドラマ制作に協力してるんですよ! その話↓ だからですね、ドラマもすっごい楽しみですが、それ以上に期待してることがあるんですよ。 あのオープニングの時に、 「 ざっぱーん 」 的な感じで 「 協力・オリンピアサンワーズ 」 みたいに、 どっかーん! と店の名前が出るんじゃないかって! と思ってたら、さきほどNHKのWさんから川見店主に電話があったんですよ。 そしたら! なんと! 店の名前が! 出ないんですって! ………。 ま、そこは色々と「 大人の事情 」ってものがあるようです。 残念ではありますが、ここは「 大人の対応 」をしときます。 オラオラオラ、NHKさんよー! なので、ここでもう一回、自前でやっときます。 夕陽バージョンでどうだ! つーわけで、オリンピアサンワーズの名前が出ても出なくても、我々は「いだてん」を存分に楽しみたいと思います! 金栗さんの「マラソン足袋」をつくったハリマヤのことも知ってほしいし↓ そして、なによりも 熊本のみなさんを全面的に応援したいし! デジャブ感が炸裂 する熊本からの訪問者シリーズ↓ 1回目 : 熊本県へ行こうキャンペーン 2回目 : 和水町へ行こうキャンペーン 3回目 : 玉名市へ行こうキャンペーン 4回目 : 「江崎グリコ×金栗四三」企画展に行こう! 待望の第1話「夜明け前」は今夜8時放送! お楽しみにー! ドラマ「いだてん」ネタの記事まとめページ↓