スキップしてメイン コンテンツに移動

【マラソン】2018年の京都マラソン、泉州国際マラソン、高知龍馬マラソンを走る人たちを応援してるぜよ。


マラソンシーズンは終盤戦に突入です。
今日のブログは、明日2/18(日)に開催の京都マラソン泉州国際マラソン高知龍馬マラソンに出場されるランナーのみなさんをご紹介!

*****

京都マラソンを走るひとたち

こちらで出場を把握してるみなさんとPB(自己ベスト記録)↓

・タダオさん(50代・男性・3時間24分)

昨年(2017)11/19の神戸マラソン3時間24分の自己ベスト更新、1週間後11/26の大阪マラソンでも3時間25分連続サブ3.5達成、今年1月の高槻ハーフ1時間32分の自己ベスト更新!とノリにのっているタダオさんが、初めての京都マラソンに参戦!
目指せ3時間15分切り!応援してまーす!
タダオさんは、こんな人↓
  

・シンスケさん(40代・男性・3時間26分)

ハーフマラソンを走るだけで膝がボロボロになるわ、爪が黒くなるわで走れなくなってたシンスケさん。その悩みが解決するならばと、当店に初めてご来店されたのは2015年7月。
その後のシンスケさんは、驚くほど走れるようになり、同年12月の奈良マラソン初フル挑戦4時間00分12秒の「あわやサブ4」で完走。
さらに、その翌年(2016)2月の姫路城マラソン3時間56分の激走で、はやくもサブ4を達成された――っていう話は、旧のブログ(当時は「NSさん」でご登場)に残ってます↓

・2015/07 シンスケさん初ご来店
・2015/12 レース用シューズをご用意
・2015/12 初フルで「あわや」サブ4
・2016/03 姫路城でサブ4達成

ほんで、今シーズンのシンスケさんは、まずは昨年(2017)11/26の大阪マラソン3時間46分の快走で自己ベスト更新!
12月には勝負シューズをフィッティング↓
2017年12月。レース用とトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソールのゼロアムフィットを装着。

ほんで、ほんで、2018年が明けて2/4の木津川ハーフ1時間40分の自己ベスト更新!
ほんで、ほんで、ほんで、先週2/11の姫路城マラソンでは、ついに!ついに!3時間26分の大激走でサブ3.5達成!自己ベスト20分も更新!すっごい!
ナイスラン、ないすらん、ないすらーーん
(↑最大賛辞のないすらん3連発)

もちろん、これもやりましょー!いよっ!


姫路城マラソンを走り抜いたシンスケさんからは、喜びのメールが届いてます↓
11月の大阪マラソンの記録に気を良くし、本気でサブ3.5を目指して、インターバル、ビルドアップ、距離走など本を参考に、姫路城マラソンまでの約2ヶ月間、初めて真剣に練習を積みました。
いつもはカメラマンに写真を撮ってもらいたくて寄って行ったり、沿道の応援の人とハイタッチしたりしてましたが、今回はひたすらサブ3.5を目指して走りました。
寒さと時折雪が舞う、生憎の天気でしたが、20キロ手前まではペースメーカーについて行き、その後は行けるところまで行ってしまおうと頑張って走りました。
幸い最後までペースは落ちず、3時間26分18秒でフィニッシュ出来、無事サブ3.5を達成しました。
来週の京都マラソンはどうなるか全く分かりませんが、初めての2週連続フルマラソン、頑張ってきます!
2月に入ってから毎週レースのシンスケさん。3/4には淀川寛平マラソンもひかえてます。どうかご無理をされませんように、ご健闘をお祈りいたしまーす!



・N藤さん(女性・3時間50分)

N藤さんは、2010年秋にはじめてのご来店。その時フィッティングしたランニングシューズで、2か月後に出場したフルマラソンを初めて「歩かずに」完走、しかも記録が3時間50分サブ4達成しちゃったっていう、トンデモな人です。

それからのN藤さんは、毎シーズン、サブ4で走りつづけ、ウルトラマラソンにも挑戦し、自分が出場できない大会はボランティアで参加して、充実のランナー人生を存分に楽しんでおられました。

でも、昨年(2017)、N藤さんは、体調を崩してしまった。夏からは、まったく練習ができなくなった。12月、奈良マラソンの3日前にランニングシューズをフィッティングした時、川見店主はレースの出場を反対した。N藤さんは、とにかくスタートラインに立つと決めていた。
3日後、N藤さんは、新しいランニングシューズで平城の都を駆けた。
そして、4時間57分で、無事にフィニッシュラインにたどり着いた。
2017年12月、フィッティングしたランニングシューズと、奈良マラソン完走メダル。

N藤さんは復活した。
今年1/28の大阪ハーフマラソンは、1時間52分の激走!
走る喜び炸裂のN藤さん↓
沿道で応援する川見店主と「わー!きゃー!」ってなるN藤さん@大阪ハーフ2018

N藤さんからもメールが届いてます↓
川見さまからのハンドパワー効果で、大阪ハーフはこの3年間の中で一番いいタイムでした。何よりも最後までペースを落とさず走ることができたことが収穫です。
ようやく健康になってきました。
次の京都マラソンは、前の奈良マラソンのような修行ウォーキングにならないように、コツコツマイペースで納得のできるレース展開になれるよう頑張ります。
N藤さんも、どうかご無理をされませんように、応援してしまーす!



・Y1Rさん(30代・男性・4時間00分40秒)

サブ4達成まで、あとわずか41秒!
愛知県が誇る「ほぼほぼサブ4ランナー」Y1Rさんも、京都に参戦!
昨年(2017)夏に書いた、Y1Rさんをご紹介したブログ記事は人気でした↓

この記事でも触れている、奥様の承諾を得られるかどうかで出場が危ぶまれていた8月の北海道マラソンの話。どうなったかというと、

Yさん:「8月のマラソンは北海道に行くから」
奥様:「あ~ん?(北海道まで行くだと~)」
Yさん:「お、おみやげ、なにがいい?」
奥様:「おみやげは……」

っていう風に、「北海道に行くこと前提で、みやげ話にもっていく」という、新たな戦法で危機を乗り越え無事に参戦、4時間16分49秒で完走されました。
ってことは、4時間17分切りなので、Y1Rさん方式では「サブ4.283333……」ですね。

※「Y1Rさん方式」
フルマラソンのタイムを「サブ3」「サブ3.5」「サブ4」よりも細かく刻んで計算して、どんなタイムでも「サブ○」と表示する方式。本人のさじ加減でいくらでも細かく時間を刻め、誰でも「サブ○達成!」と自慢できる。
Y1Rさん方式でのタイム表示。これであなたもサブ〇ランナーに!

Y1Rさんは、昨年12月にもご来店。2足のランニングシューズをフィッティング↓
レース用とトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

これからのY1Rさんは、3/4静岡、3/11名古屋ハーフ、3/25徳島、とレースが続きます。
今年こそ、晴れてサブ4達成なるか!
Y1Rさん、ご健闘をお祈りいたしまーす!

*****


泉州国際マラソンを走る人たち

・もりもっちゃん(30代・男性・2時間34分

2015年2月1日、別府大分マラソン
彼は足をひきずって完走した。
最後の10kmには80分もかかった。
記録は3時間16分だった。
フルマラソンを走れば2時間30分台の記録をたたきだす彼にとって、3時間以上かかるレースは意味がないはずだった。いつもなら「捨てた」であろう42.195kmのレースで、なぜ、彼は走るのをやめなかったのか?
その理由↓
・2015/04 彼はなぜ走るのをやめなかったのか?

あれから3年。
孤高の社会人ランナー・もりもっちゃんが、マラソンロードに帰ってくるぜ!
先週にフィッティングしたのは、こちらのシューズたち↓
レース用のマラソンシューズと、スピードトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

百戦錬磨のもりもっちゃんである。
今シーズンの調子は「まずまず」だと言うことだ。
3年ぶりの42.195kmは、もりもっちゃんに、どんな景色を見せるのだろう?
ご健闘をお祈りいたしまーす!


・K谷さん(60代・男性・3時間20分)

60代にして、サブ3.5を連発してるK谷さんは、こんな人↓

今シーズンのK谷さんは、絶好調!↓

・2017/11 神戸 3時間23分
・2017/11 大阪 3時間25分
・2017/12 那覇 3時間31分
・2018/01 大阪ハーフ 1時間36分

残るレースは、この泉州国際と、3/4の篠山マラソン
K谷さん、いいシーズンをしめくくってくださいね!応援してまーす!
余裕の走りを見せるK谷さん@大阪ハーフ2018

*****


高知龍馬マラソンを走るひとたち

・マミさん(女性・4時間58分)

マミさんが初めてご来店されたのは、2012年夏。内反小趾(ないはんしょうし)で走ると足が痛くなったり、膝が痛くなったりでお悩みでした。

しかーーーし!

当店でシューズをフィッティングされた4か月後には大阪マラソンで初フル挑戦、5時間40分で無事に完走!
以来、毎年1回のフルマラソンに挑戦できるまでに、足のお悩みは解消!2014年の大阪マラソンでは、4時間58分の力走でサブ5も達成されてます。

昨年(2017)は10月にご来店。2足のランニングシューズのフィッティング↓
2017年10月、レース用とトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

今回の高知龍馬マラソンは、

マミさん:「弟と勝負することになってます(笑)」

だそうですよ。
まっこと、走るぜよ。弟よ、勝負しちゃるきにー。
ご健闘をお祈りいたしまーす!


・レイコさん(女性・5時間05分)

レイコさん(女性)の初フル挑戦は、2011年の第1回神戸マラソン5時間49分の完走。これが「想像以上にツラかった」ので、それからは「マラソンを応援する側」にまわってみた。

けれど、応援してると、やっぱり走りたくなって、2015年の神戸マラソンにふたたび出場。「仕事忙しくて、なにも練習できなかった」ので、当然ながらレース途中にカラダはボロボロに。40kmで「もうリタイアしよう」と救護にかけこむも「ゴールまでもうちょっとだから、がんばりなさい」と放り出された。足底筋膜炎で足の裏はジンジン痛いし、足の指は血豆でズキズキ痛いし、歩きに歩いて6時間28分で「完歩」。

さすがに「フルマラソンはもういいや」と思って、ふたたび「応援する側」にまわってみたが、またまた走りたくなって、昨年秋に初めてのご来店。2足のランニングシューズをフィッティング↓
レイコさんは、2か月かけて2足のランニングシューズをフィッティング。上がゆっくり走る用、下がレース本番用。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

で、初ご来店から2か月後、11/19の神戸マラソン5時間5分の自己ベスト大幅更新で無事に完走されました!ないすらーん!

そして、明日の高知県でのレースは、レイコさんの地元だそうです。
旧友たちが待っています。
レイコさんの颯爽と走る姿を見せつけてやるきにー!
ご健闘をお祈りいたしまーす!


・KYさん(男性・初フル)

KYさんは、昨年、とある自転車競技で「日本一」に輝いた、どえらい選手です。
自転車競技やってる人で、知らない人はいない、くらいの存在です。

そんなKYさんが、なんでフルマラソンを走るのかっていうと、スポンサーさんから大会に招待されたんですって。
初めてのご来店は、昨年秋。普段、自転車には乗り過ぎるくらいに乗ってるけれども、自分の足で走ることは、あまりない。どうしたらいいかと職場の上司に相談したら、オリンピアサンワーズを紹介されたってお話でした。

ほんで、フィッティングしたのがこちらのランニングシューズ↓
2017年秋にフィッティング。最上級インソールのゼロアムフィットを装着。

KYさんは、昨年末にもふたたびご来店。
その時の会話。

川見店主:「その後、調子はどうですか?」

KYさん:「自分の足で走るって、大変ですね。自転車に乗ってる時と、使う筋肉が全然違います」

川見店主:「KYさんは自転車競技の有名選手なんですから、大会は自転車に乗って伴走しながら応援してあげたら、ランナーたちはすごく喜ぶと思いますよ」

KYさん:「でも、ランナーで招待された以上、自分で走らないわけにはいかないみたいです(笑)」

ああ、KHさん、どうか初フルマラソン無事の完走を!

*****

つーわけで、明日の京都マラソン高知龍馬マラソンはAM9時、泉州国際マラソンはAM10時30分スタート!
晴天と、みなさまのご無事とご健闘を、深く深くお祈りいたします!
まっこと応援してるぜよ!





【関連サイト】

この記事をシェアする
  • B!

コメント

このブログの人気の投稿

【短距離走】たった半年で100mの記録を0.6秒も更新し、全中で4位に入賞した中学2年生スプリンターにフィッティングした7足のシューズとインソールとは?

全中で4位入賞 だいきくんは、中学2年生のスプリンター。 陸上競技の強豪校でがんばってます。 100mの自己ベスト記録は 11秒39 。 今年の夏には 全中(全日本中学校陸上競技選手権) に出場し、 男子4×100mリレー で見事に 4位入賞 を果たしました。 いよっっつ! ――だいきくん、全中出場&男子4×100mリレー4位入賞おめでとうございます! だいきくん: 「ありがとうございます」 ――だいきくんは、何走だったのですか? だいきくん: 「2走っす」 ――全国大会の舞台は緊張しましたか? だいき くん: 「予選は大丈夫だったすけど、 準決勝と決勝はヤバかった っす。めっちゃ緊張しました!」 ――レース後の表彰式で撮影された写真が、「 月刊陸上競技 」10月号に載ってますね。ダイキくんの姿を見つけたときは、とてもうれしかったし、誇らしかったですよ。かっくいー! 2017年8月に熊本県で開催された全中の結果が載ってる「月刊陸上競技」10月号。 だいき くん: 「実は、その写真の時、 めっちゃ落ち込んでた んす」 ――どうして?表彰台に上がって、賞状をもらって、最高にうれしい瞬間じゃないの? だいきくん: 「優勝したチームのタイムが 中学生新記録 だったっす。めちゃくちゃ速くて、勝負にならなかったっす。悔しかったっす」 ――いい経験ができましたね。 だいき くん: 「来年がんばるっす」 ◆ 37年ぶりに日本記録を樹立 ――全中が終わってから、調子はどうですか? だいき くん: 「この前の日曜日(10/9)、 日本新記録 をだしたっす」 ――えっ?日本新記録!? だいき くん: 「 大阪市民陸上カーニバル で、 低学年リレー (※)ってのがあったんすけど、僕はアンカーで走って日本記録を出したっす」 ※【低学年リレー】中学2年生と1年生でチームを編成するリレー。中2が第1走と第4走、中1が第2走と第3走をつとめる。 ――すごいすごい!調べてみたら、なんと1980年以来破られなかった記録を 37年ぶり に更新したって話じゃないですか!ダイキくん、 日本記録保持者 なんだ!」 だいき くん: 「 そうっす(得意気) 」 さらに、いよっっつ!

【中距離走】800mを1分56秒で走る中学生は、なぜ、たった3カ月で記録を6秒も更新できたのか?~中距離ランナーりゅうきくんの話(その1)

中学3年の春、彼の能力は目覚めた。 彼は中学生になって陸上部に入った。 走ることが好きだ、という「自覚」はあまりなかった。 がんばろうという気持ちも、さほど強いわけではない。 本人にも、お父さんにもお母さんにも、わからなかった。 彼の能力は地中深くにあって、誰の目にも触れなかった。 そのまま、中学校の2年間が過ぎた。 中学3年の春。 時は突然にやってきた。 眠っていた彼の能力は目覚め、大地を蹴破り一気に発芽した。 そして、わずか3か月で、途方もない花を咲かせることになる。 話は、2016年5月1日の出来事からはじる。 ◆ 【2016年5月1日 京都市中学校総体】 彼は男子800m決勝のレースで、これまでにない走りっぷりを見せた。 他の選手たちを大きく引き離して独走し、ぶっちぎりで優勝。 記録は2分02秒40。 この快挙に、彼のチームは大騒ぎになった。 観戦していたお母さんは、驚きやら感動やらで涙が止まらなかった。 お父さんは、これは大変なことになったと思った。 全中(全日本中学校陸上競技選手権)の男子800m出場資格は2分01秒。もう少しがんばったら、息子は全中に出場できるんじゃないか? ならば、とお父さんは思う。 できるかぎりの応援をしてやろう。彼の足に合うシューズを買ってあげよう。 色々調べていると、ある店のブログを見つけた。 そこには、同じく800mで全中に出場を果たした、ある男の子のことが書かれていた。 よし、この店に息子を連れて行こう。 思い立つとすぐ、その店に電話を入れた。 お父さんが読んだ「R太郎くん伝説」↓ ◆ 800m2分切りと全中出場を目指して 【2016年5月12日 オリンピアサンワーズ】 ご両親に連れられて、彼はオリンピアサンワーズにやってきた。 長身で細身、優しい顔をしていた。 川見店主は彼に聞いた。 川見店主: 「800mで2分切りたいよね?全中に行きたいよね?」 彼は、一緒に来た小さな妹の遊び相手をしながら、はい、とこたえた。 川見店主は、その立ち姿を見て、彼のランニングフォームが想像できた。 川見店主: 「今の彼は、きっと下半身だけで走ってます。上半身も使って走れるようになれば、800mで2分を切れると思います」

【マラソン】月間150kmの練習でフルマラソンを3時間25分で走れるようになった女性ランナーの秘密とは?

眠っていたのは○○な才能だった スポーツは得意ではなかった。 体育祭はいつも憂鬱(ゆううつ)だった。 中学時代は、いわゆる「帰宅部」。 でも高校では空手部に入ることになった。 友人にこんな風に誘われたのだ。 大丈夫、空手は運動神経とか関係ないから。 「入部してわかりました。関係ないわけないじゃん!って(笑)」 せっかく入ったのでつづけてみた。 自分の中に眠る「何か」の才能が花開くかもしれないし。 3年つづけた結果。 「空手の才能は眠ったままか、元々ないのかのどちらかだったみたいです(笑)」 その後もスポーツとは無縁の生活。 しかし、体力がだんだん落ちていくのが気になりだした。 「これからもっと年齢を重ねたら……って将来のことを考えると、元気なおばあちゃんでいたいなって思ったんです」 ならば、今から足腰を鍛えておかなければ。 6年前から少しずつ走りだした。 マラソン大会なるものがあることを知る。 思い切って地方の大会に申し込んだ。 4.5kmのレース。 「それが、あっという間に走り終わって。せっかく遠くまできたのに、走る時間が短いと来た甲斐がないなーと思ったんです」 今度は10kmのレースに出場。 50分程度で走れた。 5年前(2012)、大阪マラソンに申し込んでみたら当選した。 初めて42.195kmを走ることになった。 それがどんな距離なのかは想像できなかった。 ペースも目標タイムも何も設定できなかった。 完走できるかどうかも、もちろんわからない。 だから、自分の思うままに、カラダの動くままに走りつづけてみた。 「大阪マラソンはレース後半で食べ物がたくさん並んでいるエイドがあるでしょう?そこで、めいっぱい食べて(笑)。それが美味しかったし、楽しかったですね」 初フルマラソンは4時間30分で無事に完走。 以降、毎年フルマラソンに挑戦する。 ・2013/10 大阪 3時間59分 ・2014/10 大阪 3時間57分 ・2015/11 淀川 3時間45分 ・2016/02 口熊野 3時間31分 ・2016/10 大阪 3時間28分 ・2017/02 京都 3時間25分(PB) 走る度に記録を更新。 いつの間にかサブ4からサブ3.5ランナーへ。 眠っていたの

【ハリマヤ】『陸王』がつないだ100年のドラマ~語りつづける者がいるかぎり、襷(たすき)は…。

ハリマヤのシューズバッグとスパイクシューズ 【2017年】100年のドラマが動き出す。 川見店主は、知らなかった。 その人物の本当の名前すらも知らなかった。 だから、会えるとも思っていなかったし、会いたいという願望もなかった。 しかし、川見店主こそが、その人物に会わなければならなかった。 事態は「向こう」からやってきた。 2017年11月某日。 オリンピアサンワーズにかかってきた1本の電話は、まさしく、その人物からだった。 『陸王』 がつないだ、100年のドラマが動き出す。 ***** 【1912年】播磨屋(はりまや)のマラソン足袋 日本のランニングシューズの歴史は、「 播磨屋 (はりまや)」という 足袋屋 からはじまっている。 播磨屋は、1903年に東京大塚に創業された。 創業者は 黒坂辛作 (くろさか・しんさく)。 【黒坂辛作】 播磨屋足袋店創業者 当時、播磨屋の近くにあった東京高等師範学校の学生たちが、この店の足袋を愛用していた。その学生のなかに、 金栗四三 (かなくり・しそう)がいた。 1912年、金栗は日本人で初めてオリンピック(ストックホルム大会)に出場、播磨屋の足袋を履いてマラソンを走った。 オリンピックに惨敗した金栗は、その後、 箱根駅伝 をはじめ多くのマラソン大会を実現するなど、長距離ランナーの育成に生涯を懸けた。そして、黒坂とともに、日本人が世界で戦うための「 マラソン足袋 」を 共同開発 しつづけた。 1936年の ベルリン五輪 では、マラソン日本代表の孫基禎(ソン・ギジョン)選手が「マラソン足袋」で走り抜き優勝。播磨屋は、ついに世界を制した。 日本にマラソンを確立したのは、金栗四三だった。 その時代を足元で支えたのは、播磨屋の「マラソン足袋」だった。 戦後を迎えるまで、日本の長距離選手は「マラソン足袋」で走るのが主流だった。 【金栗四三(1891-1983)】 日本人初のオリンピック選手。箱根駅伝の創始者。「日本マラソンの父」と称される。 やがて、播磨屋は、日本を代表するランニングシューズ・メーカー「 ハリマヤ 」へと発展を遂げる。国内の工場で、職人たちが熟練した技術で作り上げるハリマヤのシューズは、日本人の足によく合い、多くの陸上競技

【ハリマヤ】無名の母たちがつくったハリマヤのシューズ~新潟県十日町市からのおたより

彼女たちこそが 一枚の古い写真。 木造の建物を背景に、きちんと整列した人たちが写る。 そのほとんどが、質素な作業服を身にまとった女性たちだ。 彼女たちは、きっと、市井に生きる無名の庶民の一人ひとりであったにちがいない。 しかし、ある時代において、多くの陸上競技選手やランナーたちを支えていたのは、まさしく彼女たちだったのだ。 ◆ 「いだてん」の足を支えた「ハリマヤ」 今年(2019)1月から毎週日曜日に放送されている NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」 。主人公は、日本のマラソンを創った 金栗四三 さんです。 金栗四三 (1891-1983) 金栗さんは、 1912年 の ストックホルム五輪 に、日本人初のオリンピック選手としてマラソンに出場、「 播磨屋(ハリマヤ) 」という足袋屋の足袋を履いて走りました。 しかし、北欧の堅い石畳のコースに足袋は弱く、金栗さんは膝を痛め、また日射病に倒れてレースを途中棄権するという悔しい結果に終わりました。 この失敗を糧に、金栗さんは、播磨屋の店主・ 黒坂辛作 さんと、マラソンを走る足袋を共同開発し、遂には、改良に改良を重ねて進化したマラソン足袋、いわゆる「 金栗足袋 」が誕生しました。そして、「金栗足袋」を履いた日本の歴代ランナーたちが、五輪や世界大会のマラソンで優勝する時代が1950年頃までつづきました。 ハリマヤ創業者・黒坂辛作 (1880-?) 播磨屋は戦後にはシューズメーカー「 ハリマヤ 」へと発展。 足袋を原点に持つハリマヤのシューズは日本人の足によく合いました。 また靴職人たちの高度な技術は他メーカーの追随を許さず、国産にこだわるハリマヤの良質なシューズは、長年にわたり陸上競技選手やランナーたちを魅了しつづけました。 残念ながら、ハリマヤは 1990年頃 に倒産しました。 しかし、私たちはハリマヤを忘れてはいません。 オリンピアサンワーズには、今なおハリマヤを愛する人たちから、たくさんの「声」が届きます。そして、みなさんの記憶から、ハリマヤの歴史が掘り起こされています。 みなさんの声↓ ハリマヤ第二の故郷 新潟県十日町市から さて。 先日も、当店のFB(Facebook)に1枚の画像とともにこんなメッセー