【三段跳】彼女はみんなの顔を思い浮かべて思いっ切り跳んだ。~2017年全国インターハイ女子三段跳びの話(その2)




8/2 10:15 全国インターハイ女子三段跳び予選

2017年8月2日。晴れ。
NDソフトスタジアム山形。
全国インターハイ陸上競技大会最終日。

川見店主はスタンドのほぼ最前列にいた。
視線はあるひとりの女の子を追っている。
助走路の遠くにその姿はあった。
彼女は両手を腰に当て、膝を交互に動かしリズムをとり、30mほど先の砂のピットを見つめている。

女子三段跳び予選は午前10時過ぎからはじまっていた。
出場選手は44名。
試技は3回行われ、予選通過標準記録12m15cmを跳べば自動的に決勝進出が決まる。
「12m15cm」――それは、彼女が2か月前に1度だけ出した自己ベスト記録と同じ距離だった。

2か月前に12m15cm跳んだ話↓

すでに彼女は試技1回目を12m10cm、2回目を11m93cmで終えていた。
決勝進出にはあと5cm記録を伸ばし、自己タイ記録で跳ぶ必要があった。

3回目、最後の試技に彼女は挑む。
彼女の夏が終わるのか、つづくのか。
すべてはこの跳躍にかかっていた。
川見店主は心臓が止まりそうだった。
助走路の彼女が手を挙げて大きく叫んだ。

「いきまーーす!」

一瞬カラダをためて、踏み出した。
徐々に加速し、トップスピードに乗った。
踏み切り板に足を叩きつけ、前方へ勢いよく弾け跳ぶ。
ホップ、ステップ、ジャンプ。

川見店主は思わず身を乗り出していた。

記録12m31cm

彼女は自己ベスト記録を16cmも更新し、決勝進出を決めた。
川見店主はホッとため息をついた。
鼓動が高まっているのを聞いた。
こんな試合の観戦はカラダに悪いなと苦笑いしたくなった。
ほんとに、と川見店主は思う。

「三段跳びって、どうなるかわからない競技だな」

三段跳び予選。彼女の跳躍を撮った一枚。(撮影・川見店主)


彼女はどんな気持ちで跳んでいたのか

川見店主をはじめスタンドで応援する人たちは、彼女が跳ぶたびにドキドキハラハラしては寿命を縮めていた。では、当のご本人はどんな気持ちで試合にのぞんでいたのか?

彼女は、楽しくてならなかった。
緊張よりも喜びが勝っていた。
跳べば跳ぶほど、さらに跳べる自分に出会える気がしていた。

――彼女は3か月前までの自分を覚えている。故障に悩まされ、走ることもままならず、ろくに練習できなかった辛い日々。試合でも結果が出せず、出口のない長いトンネルの中にいるような気分だった。女子キャプテンとしての立場に不甲斐なさを感じ、責任感に苛(さいな)まれた。

でも、あの日からすべてが変わったのだ。

あの日の話↓

あの日から足の痛みはウソみたいに消えた。
練習メニューを着実にこなせた。
スプリントの力が急速に伸びた。
チームを引っ張れる自分になった。
それらすべてが自信につながった。

いつからか試合を楽しんでいる自分がいた。
跳ぶたびに発見があった。
もっとああすれば、もっとこうすれば、もっと跳べるはず。
試行錯誤が創意工夫を生み出した。
勝利のイメージは無限に広がった。
跳ぶたびに記録が伸びた。
そして今、こうして全国インターハイの舞台に立っている。

予選の試技が2回終わって、決勝進出の圏外にいても彼女に不安は一切なかった。調子の良さはカラダが訴えていた。この3か月間に積み重ねた練習と、残してきた結果が揺るがぬものとしてあった。自分がここで負けるはずがないと思っていた。彼女にとって決勝進出は「当然」だった。

実は、この日の前日、彼女はこんなことを言って川見店主を驚かせている。

「明日は12m70cmを跳びます。そして、優勝します」



8/2 14:30 全国インターハイ 女子三段跳び決勝

午後2時30分。
女子三段跳び決勝がはじまった。
出場選手は12名。
8位までの入賞ラインは12m30cmほどだと予想されていた。
「12m30cm」――それは彼女が午前中に出した自己ベスト記録とほぼ同じ距離だ。

観衆が見守る中、彼女は助走路に立った。
攻めるしかない、と思っていた。
自分には失うものなど何もないのだから。

・試技1回目。
彼女は12m20cmの跳躍を見せた。
彼女はいつも、助走に入ったはじめの4歩でその跳躍が成功するかどうかがわかる。
この跳躍は決して悪くはなかった。
でも、まだまだいけると思った。
難しいのは風向きだった。
ピット前に設置してある吹き流しがくるくると方向を変えているのが気になった。

・試技2回目。
彼女はふたたび助走路に立った。
大きく深呼吸をした。
高校3年間、自分を応援してくれた人たちの顔を思い浮かべた。
思いきり跳んでやろうと思った。
右手を挙げた彼女の声が競技場に響き渡った。

「いきまーーす!」

風向きが定まるのを待った。
今だ。踏み出した。
助走の1歩目で確信した。いける。
加速し、トップスピードに乗った。
踏み切り板に足を叩きつけた。
ホップ、ステップ、ジャンプ。

「おおー!」

大きな歓声があがった。
彼女の体は、これまでのどの選手よりも遠くの地点にたどり着いた。

記録12m48cm

なんと、予選で16cm更新した自己ベスト記録をさらに17cmも更新した。
順位は1位に躍り出た。

この彼女の跳躍が、競い合う他選手たちにも火をつけた。
その後、彼女の記録を越える大きな跳躍がつづいた。
誰かが跳ぶたびに、順位は目まぐるしく入れ替わった。
さすがは全国インターハイだと、見る者はみな唸(うな)った。
決勝の激闘はつづいた。

午後4時。
6回にわたるすべての選手の試技が終わった。
優勝者の記録は12m73cmだった。
彼女の最高記録12m48cmは上から6番目だった。

帰りの便の時間が迫っていた。
川見店主は競技場を後にした。
空港へ向かう車窓に、表彰台にのぼる日焼けした彼女の姿が浮かんで見えた。


****

だから悔しい。だから楽しい。

翌日。
大阪に戻った川見店主は彼女に電話した。

「全国インターハイおつかれさま。6位入賞おめでとう!」

「ありがとうございます!」

「でも、ちょっと悔しいんだよね」

「悔しいです。12m70cmを跳ぶイメージはできてますから」

思い描けるってことは、実現できるってことだからね

「はい」

「だから跳べるはずなんだよ。ただ、3か月ではカラダづくりが間に合わなかったよね」

「そうだと思います」

「悔しいよね。でも、こんな風に悔しいことが楽しいね!」

「はい、今、すごく楽しいです!」

3か月前、彼女の三段跳び自己ベスト記録は11m85cmだった。
今、そこから63cmも先にたどり着いた。
けれど、もっともっと向こうの方まで跳んでいきたい。
彼女は言う。

「イメージでは、砂のピットを越えるくらいにまで跳んでるんです(笑)」

最後に。

決勝2回目の試技に挑む時、彼女が頭に思い浮かべた人たちの中には川見店主の顔もあったらしい。そして、こんな風に思っている。

「あのおばちゃんは、私にぴったりのインソールを作れるし、私の足の痛みも消しちゃうし、私のカラダの動きも全部わかるし、一体何者なんだろう?

今日も彼女は、ホップ、ステップ、ジャンプ。
エリナちゃんにとって、本当の三段跳びは、これからがはじまりです。


今回もいよっつ!



(おわりです)


これまでのエリナちゃん記事↓

【2017年全国インターハイ女子三段跳びの話】
・(その1)決戦前日、川見店主は彼女のインソールを補修した

【全国インターハイに出場するまでの8年間の話】
・(その1)高校2年生の彼女は三段跳びをはじめた
・(その2)8年ぶりにやってきた彼女は3足のシューズをフィッティングした
・(その3)彼女はこの夏を忘れない

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