【陸上競技】田中希美選手の走りは、なぜ私たちをワクワクさせるのか?~日本選手権大会・長距離種目2020を観た話(その1)。


川見店主、日本選手権へ

2020年12月04日。
川見店主は、昼過ぎに店を閉めた。
営業を途中で切り上げることは、めったにないことだった。
車に乗り、ハンドルを握ると、南へと走った。

長居スタジアムでは陸上競技日本選手権大会・長距離種目がはじまろうとしていた。
この大会は、東京五輪の選考会も兼ねている。
現在の日本陸上競技界を代表する錚々たる選手たちが、スタートリストに名を連ねていた。
好記録が生まれないわけがない。
川見店主は、仕事を投げ出してでも観戦しなければと思っていた。

車中、電話が鳴った。
ハンズフリーで応対する。
聞き慣れたOさんの声が聞こえた。
一緒に観戦する約束をしていたOさんは、すでに会場に到着したらしい。

「川見さん、もう競技場の入り口はスゴイ人です。列をなしてますよ」

色々と厄介な時期である。
大阪府市では、不要不急の外出を自粛するよう、知事がよびかけている。
そんな状況下でもなお、多くの人が競技場に足を運んでいるのは、やはり、この大会の重要性を知っているからなのだろう。

車は長居公園に到着した。
川見店主は逸る気持ちを押さえながら、地下の駐車場に車を滑り込ませた。

度胆を抜く田中希美選手

女子5000m決勝。
優勝候補は、田中希美(21=豊田自動織機TC)選手と、廣中璃梨佳(20=日本郵政グループ)選手。すでにこの種目で東京五輪の参加標準記録を突破している両選手のうち、今大会で優勝した者だけが東京五輪の切符を手に入れることになっていた。

田中選手には、不思議な雰囲気がある。
どんなレースでどんな結果を残しても、強烈な印象を残す。
最近では、10月24日に同長居スタジアムで行われた、木南記念大会の800mのレースが記憶に新しい。
彼女はトラック1周目の400mを最後尾で通過し、残り400mで、なんと前を走る6人の選手全員をぶち抜いた。そして最後は、ぶっ倒れながら頭から突っ込んでフィニッシュして優勝するという、見る者の度胆を抜くレースを展開した。

度胆を抜く田中選手の800m(木南記念大会2020)↓


田中希美の5000m

16時50分、女子5000m決勝のレースはスタートした。
トップを走る廣中選手を田中選手が背後でピッタリとマークし追い続ける、という展開が終盤までつづいた。

最後の周回を知らせる鐘が打ち鳴らされ、残り400m。
明らかに両選手のペースはアップした。
後続の選手はすべてふるい落とされ、ふたりだけの戦いになった。
まだ廣中選手がトップをゆずらない。
第3コーナーに差し掛かり、残り200m。
その時、田中選手が、廣中選手を一気に抜いた。
必死に食らいつこうとする廣中選手の顔が、スタジアムの大型ビジョンに映し出される。
苦しげなその顔が、大きく左右に揺れる。

ふたりの差は、徐々に離れはじめた。
第4コーナーを抜け、残り100m。
歯をくいしばり追い続ける廣中選手の顔が、一瞬、負けをさとったように、ガクッと下にうつむいた。
その前を、田中選手は、顔色を変えず、走りのフォームも変えず、黙々と、廣中選手を突き放しながら、フィニッシュラインに突っ込んでいった――。

記録15分05秒65。
田中選手が優勝、東京五輪代表に内定が決まった。

田中選手の走りを見ていると、ワクワクする。
それは、「田中希美」という未知の可能性が、トラックの中で無尽蔵に溢れ、きらめき、輝くのを目の当たりにするからだろう。
彼女が走る時、未来が、痛快に、切り開かれていくのが見える。

このレースでも見せた、圧倒的なラストスパート。
フィニッシュラインに突っ込んでいく彼女は、そのまま未来の異空間へと吸い込まれて消えていきそうに見えた。

2020日本選手権女子5000mのレース↓
※「YouTubeで見る」のリンク先で視聴できます。

(おわり)

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